加級紀録
○名誉の評記すなわち勤勉の得点といってさし支えないものは、シナ語では紀録、すなわち帳簿に記入させること、いい評記をもつことと呼ばれます。この評記は北京の最高会議によって第一級の官吏たちに、總督・巡撫によって下級官吏たちに授けられます。總督・巡撫はこの評記の確認を受けるため、または当人が自分に認められた勤勉の得点を望むならば、最高会議にこの評記を与えたことを報告しなければなりません。これは官吏たちが自己の職責を尽くす上で、軽い褒賞に価する働きをなした場合に、その男に報いるために制定されたものです。
 例えば、かれらが困難かつ面倒な事件をうまく判断して処置したとか、年賦を正確にかつ期間内に徴収したとか、上司が課した使命を公平かつ綿密に実行したとかいった類です。
 この評記ないし勤勉の得点はかれにとっても名誉であるし、また有用でもあります。なぜ名誉であるかというと、役人たちはすべての公けの書きものすなわち文書をもって民衆に伝えるすべての命令または告知にこれを記すからです。
 例えば、「某県知県欽加六品頂戴紀録十二次のなに某は、上官である巡撫の命令によって、紳士、読書人、庶民に告ぐ」といった調子です。
 これらの評記ないし得点がなぜかれらにとって有用かといいますと、かれらがなにか軽い過失を侵した場合、例えば、ある事件の取調べにあたってかれらの側になにか落ち度があった時とか、管下に窃盗事件が発生し、一・二か月後になってもまだ盗賊を逮捕できない時とか、かれらの召使や補佐官・書記、その他役所の小役人たちがたとえかれらに分らないようにしてであっても、なにか不正行為を働いたといった場合には、かれらの職を奪う代わりに、名誉の評記を一つないし数個帳簿から抹殺することになっています。たとえかれらに分らないようにしてであってもとわたしは述べましたが、そのわけは、中国にあっては召使であろうと、息子たちであろうと、下役人であろうと、その連中が義務を怠った場合には、かれらの主人・父・上官はまずどんな場合にも有罪と認められるからなのです。こういうことが起きると、その人の教えかたが悪いのだ、連中の行動に気を配っていないからだ、取り締まりかたがあまりにも弱く甘いので、連中がかれを恐れていないのだといわれます。このようにして目下のものの過失のために処罰されることを恐れることから目上のものは目下の連中の行為に対して注意おさおさ怠
りないようになります。その結果、役人たちは自分の子供たちや、秘書たちや、使用の召使たちに対して官署を出ることを禁じるまでに至ります。役人たちはこういった連中を名誉のある監獄にでも幽閉するかのように、奥におしこめておきます。というのはかれらが主人の威光や権力をかさにきて、外で民衆を苦しめたり、暴力を使ったり、ひとが巡撫に苦情をもち出すような愚行に及んだりすることがあるかも知れないからであります。こういうことがあると役人は官位をさげられたり、過失が大きい場合には免職されたりする危険に陥るからです。
 せいぜい軽い褒賞に価する行為に報いるための名誉の評記があるように軽い失策を罰するための怠慢・怠惰の失点があるでしょうか。答えは怠慢の失点という名を与えることのできるような軽い罰は見当たらないということです。しかし若干の関係を有するものはあります。それは皇帝が授けている俸給の小部分を削ることなのです。例えば、ある役人が軽い過失を犯した場合、かれが勤勉の得点をもっているならば、上記のようにそれを消します。もしかれがその得点をもっていなければ、一・二ないし数か月の間減俸を行ない、一切を皇
帝に連絡します。
 巡撫とかその他の大官がなんらかの件について上奏文を奉呈しながら、文字を間違えたり、数語を書きもらしたり、不都合ないしあいまいな言葉遣いをしたり、自己の言おうと欲するところがあまりはっきりと表わされていなかったりした場合には、皇帝はこの上奏文をこういった怠慢を審査することになっている一官署に送り届けます。この官署はそれを取り調べ判断をくだし、その判決を皇帝に届けます。この判決は普通法律に従ってこの巡撫に三か月、時には六か月の減俸を申し渡すことになっています。皇帝はこの判決文に断乎として「朕はこの決定を承認する」と書き加えるか、または、「朕はかれに恩恵を与え、このたびは減俸は行なわないことにするが、かれにその上奏文を送り返して、今後一層注意深く行動させるようにする」というかします。
 巡撫は自己の管轄する省のどこかに盗難事件が発生した六か月後に、その盗賊が逮捕されたかどうかを最終的に調査し、まだ捕えていない場合には、某日にひとりまたは多数の盗賊が夜間に某商人宅に侵入した、某文官および某武官は窃盗事件の発生を阻み盗賊を捜索する特別の責任がある、しかし、六か月経っても盗賊は逮捕されていない、だからこれらの役人は法律に従って六か月間減俸に処せられるべきである、と朝廷に報告します。最高会議は右の件を調べたのち皇帝に報告し、皇帝はそれに署名します。例えば、朝廷から四、五百リュー(一リューは四キロメートル)はなれている広東の市で一囚人が獄壁を破って逃亡したとします。一件は第一級の重大事件なみに皇帝に報告され、囚人取締まり官は数か月の減俸を申し渡され、再逮捕するまで捜査に務めよという命令を受けます。しかしこの事件に共謀の事実があったということが証明されると、その役人は免職され、体刑に処せられます。ある囚人が右の小役人の手配で医者から診療・投薬してもらうまえに病死したという場合には朝廷はこの役人に減俸六か月を課することを命じます。知県もそのために減俸三か月を食らうことがしばしばあります。もし知県が自己の責務を尽くして、監獄を再三訪問したならば、部下たちも病んでいる囚人に対してもっと注意を加えたであろうし、また親切にしてやったであろうから、囚人が死んだのは知県の落度だというのです。もっともこれらの役人が名誉の評記ないし勤勉の得点をもっている場合には、最高会議は国法に従って某官は六か月の減俸に処すべきであると判じたのち、かれはこれまでに勤勉の得点をなん点所持しているから、減俸を削る代わりに、この得点ないし名誉の評記のうち一点、あるいは二点あるいは三点を消すことにするとつけ加えます。
 以上の説明によってこれらの評記がどのように使用されるかは十分明らかになったと思います。つぎにどうしたらよりよい名誉ある官職に昇進されるにふさわしいと認められるかについて少しくお話しいたしましょう。
[加級]
 これこそ大小の官吏に血を流したり、銀を散じたりしないで、彼らの功に報い、過失を罰するための中国政府特有のもうひとつの方策であります。一段高い官位にのぼる権利をもつことを中国語では加級、すなわち官位を加えると言います。一方一段低い官位にさげられることを降級、すなわち官位を減じるといいます。一、二ないし三官位を加えることは名誉の評記ないし勤勉の得点を加えることとと同一に考えてよろしい。使用法はほとんど同じでありますが、ただひとつ違うところは、片方が重く片方が軽い点であります。すなわち級を加えていくこの官位のほうが勤勉の得点よりもはるかに尊重されているからです。勤勉の得点四つがわずかに官位ひとつに当たるだけです。それだからこの位階は真にそれにふさわしい行為にしか授与されません。例えば、飢饉の際に、一巡撫がかれの骨折り、かれの如才のなさ、かれの恩深
さによって、他省から米を送らせ、民衆の食糧の欠乏を救うことができた場合とか、ある役人が自費で米を大量に購入した時とか、堤防をよく修理して水勢が激しかったのにも拘わらず洪水を防ぎとめたといった場合には、最高会議のひとつは右の行為の報告を受けるや、集合して討議し、かれに二級ないし三級を加えます。これらの級はかれらが公けにするすべての布告、通達書に名誉あるものとして記されます。「某県知県、加三級某はつぎのごとく布告する云云」という具合です。のちにかれがもっと高い役職に昇っても、この同じ
級はかれについてまわることになります。一方か
れがなにか過失を犯しますと、当該事件を審理することになっている最高会議は事実を調べ、国法に従うと、かれの過失は下級職に落とすに価するが、かれは過去の勲功によって、三級を所有しているから、そのうち二級を抹殺すべきであると結論します。もっとも過失があまりに重大な場合には、かれが従来手に入れていた級になんらの斟酌をも加えることなしに断乎として免職を与えま
す。
 これらの討議・結論の一切は皇帝にさし出され、皇帝自らそれを批准したり、改変したり、またそれが適当だと判断すれば、赦したりなさいます。最高会議は有罪者への友情やその男の過去の業績や、位階勲等にとらわれることなく、常に国法に従って行動しなくてはなりません。しかし大官の場合、例えば長いこと国家に奉仕したり、たぐい稀な能力をもっている巡撫などの場合は、皇帝はその男の過去の業績をお忘れになっていないことを示すため、あるいはまた才能あるものを失うことのないようにするために、国法に従ってその職をお免じにはなるものの、後継者を任命することなく、かれを留用なさいます。かれはもはやその職を占めているものとは認められませんが、正職者不在の間にその職務を代行するような形で、一切の仕事を行ないます。こういうようにして罪あるものにその過去を償うすぐれた手段が与えられるのです。これこそ有能な官吏を一挙にして社会から抹殺してしまうことなしに、そのひとにふたたび皇帝の愛顧をかち得させる機会を残したひとつの便法なのです。もしかれが再度過失を犯すならば、その時にはどうでも職を失うことになりますが、反対に、かれが公正正確に自己の義務を履行するならば、皇帝は一・二年後時には六か月後にかれがさきに奪われた職に戻しておやりになります。去年陝西巡撫(西琳)はかれが留用となっていたその職をすぐ回復しました。その理由は武官であるかれの息子が武功をたてたことにありました。皇帝は父親に愛顧を与えること以上に息子の功に報いる良い方法はないとお考えになったのでした。
 [降級]
加級に関する説明から降級ということがどういうものであるかを推論することは容易です。これは下級の職に必ずしも移されるということではなくて、移されるに価したということです。時には移動が即座に行なわれ、知州が知県に格下げになることもあります。いくつもの過失によって三度も四度も降級に価したということもあり得ますし、ただひとつの過失のために三・四級をさげられはするけれども、その職は失わないですむということもあり得るのです。この種の降級もその役人にとって恥ずかしいことはかれが発する公示の一切に記されるのです。例えば「某県知県降三級なに某」という具合です。もしなにか際だった行為があって、その役人が二ないし三級の加級に相当した場合には、同じ数だけの不名誉な級が消されます。このことについて討議し、上司たちの報告に基づいて結論をくだすのは最高会議の仕事ですが、これが終審ではありません。というのは、さきに述べたように、一切の討議と一切の判決は皇帝にさし出され、皇帝は自らそれを承認したり、変更したり、時には判決を却下して、会議を再召集してもう一度討議するよう命じたりなさるからです。
こういうわけですから、尚書たち、最高会議その他の長官たち、及び補佐官たちはかれらが調査することに対して、また各件に関してくだす自分の判決に対して、きわめて入念な態度を取ります。なぜならばかれらはその判決が陛下のお読みになるところとなり、陛下はしばしば自分たちを叱責し、処罰し、時には法律を無視した官吏、ならびにその職務を遂行し得なかった官吏として免職の処分をお加えになることもあることをよく知っているからです。
(「イエズス会士中国書簡集4・社会編」第九書簡、『東洋文庫・平凡社』)
○嗣後賭博の人を拏獲せば、必ず賭具の由来する所、その賭具を製造する家を窮究し、果たして審
明して確として某件より出ずるの証拠有らば、該県をば溺職の例に照らして革職せしめ、知府は革
職留任せしむ。督撫司道等の官は各一級を降して留任せしむ。もし本地に賭具を私造するの家有り、而して該県能く緝拏懲治する者は、知県は二級を加えしむ。督撫司道等の官は紀録二次たらしむ。(『世宗実録』巻八二雍正七年六月丁丑の条)
(「イエズス会士中国書簡集4・社会編」二四四頁、『東洋文庫・平凡社』)