京報
○『京報』はまた京抄・邸報・邸抄などとも呼ばれる清の官報である。これには、皇帝の諭旨、官憲からの上奏文及び宮廷の動静その他の公けの事項が記載される。表面上は北京政府の発行には属しないけれども、兵部の役人である提塘官がこれを司っているから官報といって差し支えがない。『清國行政法』第一巻上につぎのように見えている。
(イ)京報材料ノ供給 内閣ノ一吏日日宮廷ニ出頭シ軍機処ノ評議可決シタル諭旨ヲ授カリ之ヲ内閣ニ送達シ内閣は之ヲ当該官庁ニ転送スルヲ正式
トス但実際ニ於テハ各部其他中央官庁ノ吏員ハ内閣ニ出頭シ其諭旨ヲ謄写シ以テ時ヲ省クノ便法ヲ取レリ而シテ此日内閣ニ出頭スル謄写者ノ中ニ就
キ報房(提塘が京報発行のために設けた施設)ノ派遣員量最モ多キヲ占ム是レ京報材料供給方法ニシテ之ガ爲メニ公文ノ通知ナキ以前ニ其事項ノ知悉セラルヽヲ通常トス。
(ロ)京報ノ体裁及内容 京報ノ印刷ハ木版活字
ヲ用ヰ平均十葉乃至十二葉ヲ綴リ表紙ハ黄色ニシテ其左上角ニ赤色ヲ以テ京報ノ二字ヲ印ス各葉赤
色線ヲ以テ七行ニ分チ普通字数(敬称闕字を除キタル文字ヲ謂フ)八十四字トス其内容ハ首ニ宮門抄(宮廷録事ト云フガ如シ)ヲ載セ次ニ諭旨ヲ載
セ其余ハ中央及地方ノ諸官庁ノ奏章ニ充ツ。以下略  (イエズス会士中国書簡集4・社会編」一二七頁、『東洋文庫・平凡社』)
○京報には例えば免職された役人の名と、その免職の理由が載ります。あるものは皇帝用の租賦を取り立てることを怠ったからであり、またはこれを浪費したからであります。他のものは刑を科するのにあまりにも寛大であったからであり、または過度に厳格であったからであります。公金を費消したという理由もあれば、政治の衝に当たるだけの才に乏しいという理由がつけられることもあります。役人たちのたれかがある相当の地位に登ったり、下げられたり、なにか失敗をして皇帝から下賜されることになっている年金を剥奪されたりすると、『京報』はすぐさまそれを掲げます。
罪人に死を与えるほどの一切の刑事事件もこれに掲載されます。シナ法律大全(『清律』)に記入されているいくつかの特別の場合は別として、官憲や刑部は死刑の宣告を最終的に行なうことができないということに注目すべきであります。死刑に価するすべての犯罪事件は皇帝によって審査され決定され、批准されるのです。官憲は訴訟審理の経過と、自分たちのの判決を朝廷に報告し、その際こういった判決をかれに採らせるに至った法律の条文を指摘します。例えば、なんのなに某は、こういう犯罪によって有罪であり、法はこの罪のあることが立証されたものを絞刑に処することに決めているから、自分は右の男を絞刑に処すべきであると認めるという風にです。この報告が朝廷に到着すると、刑部は事実と情状と判決とを審査します。事実の説明が明確さを欠いていたり、刑部がさらに別個の情報を必要としたりしますと、刑部は犯罪の報告と下部官憲が行なった判決を含む一上奏文を皇帝に上奏し、それに次のように付記します。「正しい審理を行なうためには、なおかくかくの状況について明らかにされる必要があると思うので、われわれは事件を該官にさし戻し、かれにわれわれの望む説明を具申させたい。」皇帝は自己の好きなような命令を出すわけですが、仁慈に富んだ皇帝はいつも事件をさし戻すことに組みすることになります。いやしくもひとりの人間の生命が問題になっている時に、軽々しく、また非常に説得力に富んだ証拠ももたずに決めることのないようにするためです。刑部は自己の要求した報告書を受け取ると、もういちど審議の結果を皇帝に奉呈します。この時には皇帝は刑部の決議を批准するか、それとも刑罰の過酷さを減じるかします。この上奏文につぎのような言葉を親しく付記されることもたびたびです。「刑部はこの件についてもういちど審議し、朕に報告せよ」・・・こういった一切のことが『京報』に見えているのです。
 そのほか『京報』には免職された要官の後任に補された官吏の名、免職された役人の姓名・本籍、役人に対して行なわれた弾劾・皇帝の返答、どこどこの省に発生した災害、現地の役人ないし皇帝の命令によって施された救済処置、兵士を養うため、民衆の窮乏を救うため、公共事業のため、及び王者の仁慈を発揮するために支出された費用の要約、国家の大官あるいは上級官庁が皇帝御自身の行為や決定に対して遠慮なく行なった諌言やらが載っています。皇帝が民衆の心のなかに労働意欲や、農耕への熱意を高めるために親耕をなさる日もこの中に記されていますし、朝廷の全大官や部の全長官を北京に集めて訓示をおやりになる日も知れます。この訓示の主題は必ず経典から引用されることになっております。というのは、シナ人の言うところでは、かれは政治を行なうにあたっては皇帝であり、犠牲を捧げるにあたっては祭司であり、教育を行なうにあたっては教師であるからなのです。
 また『京報』には新たにつくられた法律や慣習も掲げられます。皇帝がある役人に与えた褒辞も見えていますし、例えば「某という役人は良い評判を受けていない。もしかれが改めなければ、処罰するであろう」といったような叱責の言葉もあがっています。要するに『京報』というものは、すでに述べたように、役人たちに民衆を治める道を教える上で非常に有益なようにつくられているのです。役人たちもこれを綿密に読んでいます。そればかりか、大部分のものは、自己の行動の指針となり得るような件については意見を書いておきます。(「イエズス会士中国書簡集4・社会編」一一六〜一一八頁、『東洋文庫・平凡社』)○中国の官報[『京報』のことを官報と呼称している]には、この広大な帝国に発生するほとんどあらゆる公的な事件が載っているのです。これは実は皇帝に上呈された上奏文や嘆願書、それらに対する皇帝の返答、皇帝が与える訓示および皇帝が官憲や民衆に施す恩恵などの集成なのです。この集成は毎日印刷され、六、七十頁の仮綴本の形で公けにされます。次にその標本をひとつお目にかけましょう。
(一)十二月十五日陰暦の二月三日(十一月三日の誤り)にあたりますが、この日の官報にはまず陰暦十一月三日に到着した短い文句の主題がついている上奏文の表題が載ります。例えば、充満しなくてはならない米倉庫に関する両広総督の上奏文、浙江省の漢人部隊の将軍が、某という官吏がその部下から銀を貪ったことを告発する上奏文といった類です。この集成の巻頭には普通このような二十ないし三十の上奏文の名があがっています。
(二)ここにはこの日に皇帝が他の多数の上奏文や嘆願書に与えた返答が載っています。もし皇帝がなにも与えなかったとすれば、「本日は陛下からなんのお答えもなかった。」と記されます。
(三)ここには皇帝が御自分の意思からであったり、または提案された案件に対する返答としてであったりすることもありますが、とにかく皇帝の下した訓示、命令の類が載っています。
(四)上級法廷が陛下の裁可を得るために上呈した決議が載っています。
 最後に総督・巡撫・満漢の将軍、その他の一級官吏といったような諸省の大官たちからの皇帝におくられた上奏文が載ります。
 官報はこのように排列されており、一年に三百以上の小編を発行するのです。これを注意して読めば、無数の異なった、また興味ある事実を知ることが容易にできます。
(「イエズス会士中国書簡集4・社会編」一三二頁、『東洋文庫・平凡社』)