前行牌   [上級官庁が下級官庁に発するさきぶれ指示プラカード]
○冊封使の往封の時に於ける前行牌は、禮部が、冊封使の京より出発に先だって冊封使の通過することになっている直隷・山東・江南・浙江・福建の沿途の文武官員及び琉球に対して、「冊封使の京よりの出発が某年某月某日に定まったので、兵部の勘合兵票の通りに、冊封使が必要とする官兵・夫馬等のものを前もって準備して伺候するようにせられたしし」と冊封使歓待の準備をして待ち受けるように前もって指示した文書(爲公務事)と、兵部が禮部より受けとった工部製作の「前行牌」を冊封使の通過することになっている直隷・山東・江南・浙江・福建の沿途の文武官員に対して、取り次ぎ取りついで最後は琉球まで送るようにと指示した文書(傳牌) 及び工部製作に係る「前行牌」(「前行」と記したプラカードのこと:注1)の三点がセットされることによって、「冊封使が経過する沿途の驛及び琉球に対して、予め冊封使の歓待の準備をするように指示したさきぶれとしての機能を果たす「プラカード」であると考える。
○「歴代寶案」の例
てらしえたるに
@禮部、公務の事の爲にす。照得 、欽差の
正使翰林院侍講 全 もたら すすみお
 は恭しく詔旨を齎 して琉球國に前往
副使事府中允 周
もむ 出 発
きて王を封ずるは、本月初九日に於いて起馬す
 くだん
るを定めたり、とあり。所有の沿途の官兵・夫馬
申し付
等の項については、経過の各該の衙門に仰 くらば、
すみやか
兵部の勘合兵票を遵照して即即に伺候して、迎替
不都合
□□せられたし。期に臨みて遲xして不便あるを得るなかれ。須からく牌する者に至るべし。
申し付
  右牌は沿途の経過の府州縣の驛衙門に仰 くる
このとおりにせよ
なり。准此 。
  乾隆二十一年二月初二日
直隷より山東・江南・浙江・福建に遞して琉球國
返還
に至らしむべし。クせよ。(歴代寶案」二八二三)
○[参考:兵部の傳牌]傳牌(京より起こして直隷・山東・江南・浙江・福建に由り琉球國に至りて止む)
申し送
兵部、牌を行 る事の爲にす。
車駕司案呈によれば、@准けとりたる禮部の咨に稱へりA
てらしえた照得るに、B禮部
本部の議准にC勅もて琉球國世子尚穆を封じて琉球國中山王と爲
くだん ゆ 事 柄
すべし。所有の正副使の往きて封ずるの事宜の内、
前 行 牌 出 発 お前徃牌一面は、封使の起行の前期に於いて、兵部
申し付 おく
に交 けて飭をば沿途に發らしめ飛遞して福建に至りて琉球國に轉遞せしむべし。
以上の趣
との等因をば、具題したれば、
受け玉旨を奉  はるに「依議、欽此」とあり。
Cと、ありたれば、
むねにしたが ただち欽遵 ひて當即に兵部に知照したること案に在り
Bとあり。

今、正副使は本年二月初九日に于いて、起□せん
あ まさ
ことと定まりたれば、相い應さに前行牌一面を將っ
ただ 申しおく
て兵部に移咨すれば、即ちに行 りて飭をば沿途
おく
に發りて、飛遞して福建に至りて琉球に轉遞せしむべし。
  以上の趣 すすみき
Aとの等由、前來たれり。
あ ま 申しおく
相い應さに牌をば沿途の文武員弁に行くるべし。
@とありたれば、
すみやかに なか
即速 飛遞し遲xを致すこと毋れ。参處に致すこ
すべ
と可なり。須からく牌する者に至るべし。
  計開
前行牌一面、油套壹個
申し付
右牌は沿途の文武官弁に仰 く
乾隆二十一年二月初一日部

限 日 ク
(「歴代寶案」二八二三)
○参考:[頒詔儀仗ー前行牌]ー「清會典事例」
○原定に「頒詔のときの需要の龍旗・御仗・牌繖等の物は、均しく製造庫より給發す」とあり。○又た定む、「詔書を直隷等の省十八處に齎送するには、黄綻繖一・欽差牌一・御仗二を用いるなり。朝鮮國に齎送するには、黄緞繖二・明黄雲緞銷金行龍旗二・欽差牌二・肅静牌二・迴避牌二・御仗二を用いるなり」と。○又た定む、「外藩王・福晋郡主格格等を冊封するには、筋・御仗二・欽差牌二を用いるなり」と。
○又た定む、「琉球国王を勅冊するには、欽差牌二・肅静牌二・迴避牌二・前行牌二・黄蓋一・御仗二・龍旗二を用ひるなり。」と。○又た定む、「頒詔して五嶽・四b致祭するには、黄緞繖一・黄
緞龍旗二・御仗二・欽差牌を用いるなり」と
(「欽定大清會典事例」巻九百五十七・工部、一六六八七)
○参考「儀衛」(「使琉球記」)
○[冊封使は]都門を出づれば、肩輿八人にして、例として節を持す。詔勅の前には、黄蓋・龍旗等の儀あり。皆な工部より咨もて取とれり。天威を壯んにする所以なり。(「使琉球記」)
○・・十一月十有六日、禮部、題す。旨を請ふ事の爲にす。・・・・
うけ ま
一、正副使命を銜て出使するに、應さに例に照ら
くだん
して、節を持すべし。所有の節および節衣は工部
禮 部 かえ
より臣部に移送して封使に轉授し、回るの日、工
返  還部にク還すべし。
さきの例
一、向例、詔勅の前に黄蓋一柄・龍旗一對・御仗一對、肅靜牌一對、迴避牌一對を用ひたり。均し
受けと かえ
く工部より咨もて取りて、回るの時に工部に交納
出  発
せり。並びに前行牌一面を取 り、封使の起行する
申しつけ 命令 おく
前期に於いて、兵部に交 て沿途に飭をば發りて琉
球國に飛遞せしめ、預め備ふるを知らしめたり。
まさ 処  理
此次も應さに例に照らして辧理すべし。・・・・
自分勝手に処理
臣等、未だ敢えて擅便 せざるなり。謹みて題して旨を請ふものなり。
受け玉旨を奉 はるに「依議、欽此」とあり。・・
        (「使琉球記」)
○[注1]:前行牌が「前行」と記したプラカード であることについての考察」
 「大清會典事例」の「頒詔儀仗」に記す「迴避牌」がどういうもであるかを考察して「前行牌」の何たるかを明らかにしたい。
 「北京風俗図譜」の嫁とりの行列の口絵に「迴避」と書かれたプラカードを持った人がみえる。この口絵から 「大清會典」 に記す「迴避牌」も「迴避」と記したプラカードであると考えられる。
この「迴避牌」と「欽差牌」「肅靜牌」「前行牌」「黄蓋」「御仗」等「はともに工部の製造庫より給發され(「大清會典事例」に「頒詔のときの需要の龍旗・御仗・牌繖等の物は、均しく製造庫より給發す」とある)ているので、「○○牌」というのはいずれも 「迴避牌」と同じく「○○」と記したプラカードであると考えられる。従って、「前行牌」も「前行」と記されたプラカードであったと考えるのである。
※「新琉球史・近世編(上)」所載の「冊封使行列図」全図に「肅靜」と書かれたプラカードが二、「迴避」と書かれたプラカードが二、「欽命冊封正使」と書かれたプラカードが四、「翰林院侍講」と書かれたプラカードが一、それと平行してひっくり返って何が書かれているか不明のプラカード一、「賜進士第」と書かれたプラカードが二、計十二のプラカードがカラーで描かれているのがある。しかし、その絵図には「前行牌」は見られない。従って、「前行牌」は冊封使の行列に使用されたものではなく、先に見たように、禮部の「爲公務事」と兵部の「傳牌」と工部製作に係る「前行牌」との三点がセットされて、冊封使に先立って、冊封使が経過することになっている沿途の驛及び琉球に対して、予め冊封使の歓待の準備をするように指示し連絡するためのさきぶれの道具(「前行」と書かれたプラカード)であったと考えられるのである。